年明けの出走と言われていた我らが愛馬フェーラシュヴァルですが、しっかり仕上げるはずの今回も追い切りの進み具合は遅く、まだまだ出走しないだろうと高を括っていたら、突然1日にクラブ公式HPの臨時の更新がありました。以下は1月1日に更新されましたクラブ公式HPフェーラシュヴァルの近況報告です。
ダートコースでキャンター調整を行っています。「前走後に脚元への不安が出たことから慎重に乗り込んできました。理想はしっかりと追い切りの本数をこなしてからレースへ臨みたかったのですが、降雪の影響で予定していた本数の追い切りを行うことができませんでした。それでも、ここまでじっくり乗ってきたことから乗り込み量に関しては問題ないと判断して、予定通り今開催で使わせていただきます。多少余裕のある体つきではありますが、吉田稔も2度目の騎乗となりますしいいところを引き出して欲しいと思います」(角田輝師)2日の名古屋競馬(守道&綾子結婚おめでとう大賞典C28・ダ1400m)に吉田稔騎手で出走いたします。
ということでいきなり翌2日に出走することになりました。私は1日は妻の実家に行っていたので無理でしたが、2日はちょうど毎年恒例の競馬の神様・藤森神社と伏見稲荷を参拝する予定の日で予定を動かすことが出来ましたので、急遽名古屋行きを決め、初詣は熱田神宮にすることにしました。
愛馬フェーラシュヴァルは関西馬ですが、中央所属時は北海道で2回走っただけ。地方移籍後も名古屋で1回走りましたが、予定が合わずに応援に行くことができませんでした。
今回は初めての愛馬との対面ということですが、応援というよりも、おそらくこれがラストランになるだろうと思っていましたので、なぜ愛馬がここまで成績を残すことが出来なかったのかをこの目で見てみたいという気持ちの方が強かったです。
2012年1月2日(月) 名古屋 第6競走 ダート 1400m(右)13:40発走 |
守道&綾子結婚おめでとう大賞典C28 (サラブレッド系 一般 定量) |
賞金 1着130,000円 2着26,000円 3着13,000円 |
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レコード 1:23:9 サウスヴィグラス 56 柴 田 善 臣 2002/05/06 |
前走前 地方の為、追い切り情報はありません。
フェーラシュヴァルの鞍上は前走に引き続き吉田稔騎手です。前走は3番人気5着でしたが、明らかな追い不足(今回も追い不足ですが><)にダートが合うかどうかもわからないのに中央の未勝利戦4着ということで過剰人気だった気がします。ですから、騎手の責任ではなく、逆に吉田稔騎手は上手く乗ってくれたと思います。
名古屋で吉田稔騎手と言えば岡部誠騎手と並ぶ2枚看板で、最近は少し勢いが衰えた気はしますが、実績、手腕など間違いない騎手です。当然期待は高まります。
ほっさん愛馬への騎乗は12回ですが、明らかに能力よりも過剰人気だった前走のフェーラシュヴァル以外はかなりの確率で人気よりも上の着に持ってきてくださいますし、人気を下回った時でも敗因は明らかです。
もっとも期待する騎手の1人です。ただ、先述のようにここ数年の落ち込みようは気になります。年齢的にも40歳を超えられ、以前ほどの活気や威圧感はありません。それでも名古屋でならと期待しています。
2012年1月11日現在、地方通算2463勝。勝率19.4パーセント、連対率32.8パーセントと非常に高い数字で、ほっさん評価も「A+」と抜群の評価です。昨年は76勝、勝率13.9パーセントと今までに比べると勢いがありませんでした。
また、中央でも156勝(内重賞5勝)、勝率5.9パーセント、連対率12.0パーセントと地方所属の騎手としては破格の数字を誇っています。これも昨年は1勝、勝率0.7パーセント、連対率3.5パーセントと低い数字でした。
吉田 稔(よしだ みのる)は1969年2月12日生まれの42歳。、名古屋競馬場の角田輝也厩舎所属の騎手である。父は佐賀競馬場所属の調教師、吉田昭。
1987年4月17日、名古屋第4競走のビツクサントで初騎乗3着。同年5月15日、中京(地方開催)第4競走のイチモンジリリーで初勝利。この年は19勝を挙げる。
1994年には年間92勝を挙げ、愛知県競馬(名古屋・中京)のリーディング1位となる。その後毎年100勝以上を挙げ、2003年まで10年連続リーディング1位となった。
2000年に盛岡競馬場のクラスターカップでダートグレード競走勝利。2004年と2005年には地元名古屋でかきつばた記念を連覇した。
2005年には短期免許でオーストラリアに遠征した。
2006年12月18日、名古屋第1競走でサクラプレミアムに騎乗して1着となり、地方通算2000勝を達成した。
2009年から夏限定でホッカイドウ競馬で騎乗。
2011年5月9日より、川崎競馬・池田孝厩舎所属として、2ヶ月の期間限定で南関東地区で騎乗すると発表された。
中央競馬でも積極的に騎乗しており、1996年3月2日に中山競馬場で初騎乗し3着。1998年9月5日に新潟競馬場で中央初勝利。2002年には愛知杯を勝利し、中央の重賞初制覇。翌2003年にも愛知杯に勝利し連覇を果たす。2004年には阪急杯と関屋記念、2008年にはシリウスステークスに優勝し、中央競馬重賞競走通算5勝目を記録した。2005年の桜花賞ではシーザリオで2着。
中央競馬の騎手免許試験を2003年度の試験から受験。2005年度までは1次試験で不合格となった。2006年度からは「受験の前年以前の5年間で、中央競馬で年間20勝以上を2回達成すれば1次試験免除」という規定の適用基準を満たし、2次試験のみの受験であったが連続して不合格となる。なお、1次試験免除の規定が適用された騎手としては初めての不合格者となった。2008年度の試験不合格直後は「血の気が引いて、しばらく歩く事ができなかった」というほどショックを受けたが、ファンの声援により元気を取り戻した。しかし2009年度も合格はできなかった。2010年度はこの規定は改定されたものの、この年は最初から受験しなかった。
「少し雑なところがあるが、積極的に出したり、抑えて末を爆発させようとしたり、意思のある騎乗を見せる。中京で74勝しているが、中京は改修して激変するので参考にならない。基本的にはコースも芝・ダートも距離も不問だ。中央での1番人気馬の成績は[38・27・18・49]の連対率.492。2008年に逃げて単勝6600円、追い込んで19780円を出し、2011年の1勝は追い込んで2320円だった。展開がハマリそうな時が狙い目。」(佐藤祐樹元地方競馬騎手)
ほっさん愛馬での成績 (12戦1勝)
2005年 3月20日 ナポレオンシチー 3歳未勝利 中京ダ1700m 7着/8番人気
2005年 4月 3日 ナポレオンシチー 3歳未勝利 阪神ダ1800m 6着/10番人気
2005年 4月17日 ナポレオンシチー 3歳未勝利 阪神ダ1800m 5着/8番人気
2005年 5月 1日 ナポレオンシチー 3歳未勝利 京都芝2400m 6着/7番人気
2005年 5月14日 ナポレオンシチー 3歳未勝利 京都芝2200m 6着/7番人気
2005年 5月28日 ナポレオンシチー 3歳未勝利 中京芝2500m 6着/11番人気
2007年 5月19日 ステップシチー 3歳未勝利 中京芝1800m 2着/4番人気
2007年 6月 3日 ステップシチー 3歳未勝利 中京芝2000m 1着/1番人気
2007年 6月 3日 ダブルダンスシチー 3歳未勝利 中京ダ1700m 6着/4番人気
2009年 9月24日 チャーミングシチー 交流長月特別(中央500万クラス) 笠松ダ1800m 4着/2番人気
2010年 1月 9日 チャーミングシチー 500万下 京都ダ1800m 7着/13番人気
2011年12月 6日 フェーラシュヴァル C24組 名古ダ1400m 5着/3番人気
フェーラシュヴァル
「前走後に脚元への不安が出たことから慎重に乗り込んできました。理想はしっかりと追い切りの本数をこなしてからレースへ臨みたかったのですが、降雪の影響で予定していた本数の追い切りを行うことができませんでした。それでも、ここまでじっくり乗ってきたことから乗り込み量に関しては問題ないと判断して、予定通り今開催で使わせていただきます。多少余裕のある体つきではありますが、吉田稔も2度目の騎乗となりますしいいところを引き出して欲しいと思います」(角田輝也調教師・キャロットクラブ公式HP)
正直、フェーラシュヴァルが明日勝てるとはこれっぽっちも思っていません。むしろ逆で、地方初戦の負けっぷりからは、やはり懸念していたダートでの勝ち上がりは難しく、今回で引導を渡されると思っています。
なので余計に、関西馬でありながら、北海道と名古屋でしか走ったことのない愛馬を一目見に行きたいという気持ちです。
もちろん、勝ってくれれば、こんなに素晴らしいことはありませんが、フェーラシュヴァルが前走5着時に1番人気だった馬も出て来ますし(その時は4着でしたが)、外枠が強そうです。
また、フェーラシュヴァルは前走は師も認める中途半端な仕上げで、次走はしっかりと本数追い切ってなどといいつつ、雪だのなんだなどでまたまた仕上がり途上。馬体も太目残りのようです。
もう、完全に投げ出しゾーンに入っており、今回の大敗で引退決定されるであろうことは、この業界に長い人間ならわかること。
なぜ、ダメだったのかを自分の目で確かめたい。パドック写真等を撮ってくる予定です。
もっと、きちんと仕上げてくれての大敗なら納得出来るのですが、こんな状態での出走には怒りを感じます。
せめてシュヴァルには意地を見せて欲しいものです。
愛馬の最後の雄姿を見届けるべく、急遽予定を変更して名古屋競馬場に行って来ました。写真は全て撮影順です。
初めて関西所属の(はずの)愛馬フェーラシュヴァルとご対面。
かなり煩いところを見せていました。
中央の未勝利戦で4着に来たように、馬体は悪くありません。むしろ良い馬体でした。
筋肉も結構ついており、脚元が良ければやれそうな馬だと思いました。
皮膚病で毛を剃っている部分があり、内臓面でも状態が良くないのでしょう。結局、脚元が悪く、内臓面も悪く、追い切れず、追い不足なので息が持たずと悪循環の繰り返しで、これでは多少能力があっても大成するはずもありません。
馬に覇気が感じられません。しょんぼりしている感じです。
角田輝也調教師はレース前は太目残りになるかも知れないとおっしゃっていましたが、太目感はなかったですね。
アップ。
とまーれーの直後。
ビンテージが痛々しい。
吉田稔騎手騎乗。
人馬共に最近は覇気がない気がしますが・・・。
騎手が跨っても煩いところを見せていました。気性的にもおこちゃまなんですね。明け4歳でこれでは・・・。
なぜか、パドック時点では1番人気の愛馬フェーラシュヴァル(最終は2番人気)でしたが、私はここで引退が見えました。ムリっす。
大賞典となんだか凄い名前を付けられた(募集だからなんでもいいのですが)レースですが、地方の最下級クラスの一戦です><。
フェーラシュヴァルのスタートはまずまずですが、すぐに両方から寄られ狭くなり少し遅れます。鞍上の吉田稔騎手は何が何でも前にということで押し上げます。ここで相当脚を使ったように感じましたが、地方のダートです。無理にでも押し上げて行くべきでしょう。
ゴール前の写真ですが、1周目です。先行力はあるのですが、追い不足で息が持たず、早々に脱落。2周目がこの写真なら激アツなのですが。
パドック時とメンコの色が反転しています。
風が強い日で、砂が舞って大変でした。これが愛馬フェーラシュヴァルの最後の写真です。2周目はすでに垂れていて撮影する気にはなれませんでした。
フェーラシュヴァルは2番手の外の絶好位を進みます。自信のなかった私も或いは?と多少期待しましたが、3コーナーで外からマクって上がってきたキミノトシコ(勝ち馬)に抵抗することもなくあっさりと交わされてジエンド。早くも鞍上・吉田稔騎手の手が激しく動きムチも入りますが垂れる一方で7着でした。地方で9頭立ての7着。いくら状態が良くないと言ってもどうしようもない内容です。
フェーラシュヴァル(7着)
「体は思っていたよりも太目が残らず出走させることが出来ました。向こう正面まではいい位置で競馬をしていたのですが、勝負どころで外から来られると、走る気をなくしてしまったようです。それに加えて、3コーナーで手前を替えた時から走りがバラバラになってしまいました。レース後の歩様を見ていると、今ひとつの印象ですし、レース中に痛みが再発してしまった可能性もあります。水冷を行いながら、状態をしっかりみたいと思います」(角田輝也調教師・キャロットクラブ公式HP)
地方で7着ですから、経験はありませんが1口100円程度の微々たるものでしょう。
レース当日の夜、私は独り言のコーナーで次のように書きました。
「レース後、引退前にはお約束の脚元に違和感がありというコメントが出され、結局のところ、脚元もいつまで経っても改善されず、気性も悪く、体質的にも弱く、芝の短距離では素質は認めるも、どうしようもない状態というわけですね。
こりゃ、確かに、時間をかけてビシッと仕上げるまでもなく、さっさと手から離したい師の気持ちはよくわかります。超一流の厩舎にはこういった時間のかかる能力疑問な馬はふさわしくないですね。
もう4歳ですし、ダートでは勝ち上がれそうもないので引退やむなしでしょう。
一応、クラブとしても、めでたい年明け早々の引退だけは回避すべく、3ヶ日を過ぎたあたりで疲労と脚部不安を理由に満を持して引退を発表するんでしょうけど、まぁ、納得です。
ルクソール様命名のミラクルカクテルが2Rで初勝利を挙げためでたい日に、なんたる無様な結果。なぜ、この馬が2番人気だったのか。だけが支持してんだ。所有者が見ても勝てる気がしないのに。」
そしてその予想通り正月3ヶ日も過ぎた1月4日にクラブ公式HPにて引退が発表されました。以下は1月4日に更新されましたクラブ公式HPフェーラシュヴァルの近況報告です。
中央再登録を目指して地方競馬へ転籍をしましたが、ここ2走の内容から厳しいと言わざるを得ませんし、前走後に見せた歩様の違和感も残ります。脚元に負担がかかっていますし、不安のない状態で出走、そして勝利を挙げるまでにこぎつけようとなると多くの時間を必要であるのことは否めないことから、現役続行を断念し競走馬登録を抹消することになりました。会員の皆様には何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。なお、本馬に出資されている会員の方へは追って書面をもちましてご案内いたします。
ということで、引退になりました。もうだれからも文句は出ないでしょう。
大抵3歳の中央の未勝利戦終了までに勝ち上がることができなければ、大成することはないのですが、フェーラシュヴァルは芝の短距離なら2勝は出来そうな走りの馬でしたので、なんとか地方のダートでも勝ち上がって戻って来て欲しいと願っていました。
しかし、いつまでたっても蹄の具合は良くならず、明け4歳でも改善されないのであれば、正直無理ですね。現地に行ってみて、気性の悪さや内臓の悪さ、そういったものを目の当たりにすると、もう引退させてやってくれと思いました。
そういう意味でも、実際に最後の姿を見ることができて良かったです。
このフェーラシュヴァルは購入時から言っていますように、クラブの近況がベタ褒めだったので購入した馬で、私自身、血統が良いとか、馬体が良いとか考えて購入した馬ではありません。騙された感は低いですが、それでもこれだけ治らない蹄の状態は2歳時から明白だったと思われ、隠蔽の疑念が払しょくできません。
以前、特選イチオシ馬のプルミエダンスールの超凡走でクラブの嘘、大げさ、紛らわしいの残口あり馬の近況は気を付けていたはずだったのですが、よりそういった意識が強くなりました。
これからは残口あり馬の近況は半分以上偽りだと決めつけ、自分の目や考えを信じて愛馬を購入するようにしたいと思っております。
また、福永祐一騎手で阪神でデビュー予定だったものをいきなり北海道に飛ばした笹田和秀調教師にも疑問を感じます。確かにダートは走りませんし、阪神でダートデビューしていても結果は出ていなかったでしょうが、もう2度とここの厩舎の馬は買うもんかと思いました。これも最初からこの厩舎目当てで購入した馬ではありませんし、いまさら言っても仕方がないのですが・・・。
そんなこんなで、私にはお気に入りの厩舎や馬がありますし、それで結果が出なくても納得ができます。今後の1口馬主生活に大きな影響を与えた1頭だったと思います。
クラブが中央の未勝利戦終了後に地方に転厩させてくれたことには感謝したいと思います。あのまま2戦で終わってしまっては、納得が出来なかったですからね。
ということで、フェーラシュヴァルお疲れさまでした。では、最後はいつものフレーズで。
さらば、シュヴァルよー
2011年12月 6日 第3戦 地方C24組 名古屋ダ1400m (5着/3番人気)